CGMから始まるイノベーション 初音ミクが切りひらく未来 レポート(3)

佐々木渉(クリプトン・フューチャー・メディア株式会社)
ノイズとしての「初音ミク」

■ VOCALOIDとは何だったのか

私は、札幌の「クリプトン・フューチャー・メディア」という会社で、2007年当初から2012年くらいまで、「初音ミク」の企画の立ち上げからそれに続くさまざまなプロジェクトに関わってきました。

今回、「初音ミク」の「モノ化」とか「実体化」がテーマということで、明治大学さんからご依頼をいただいたんですが、実はそのお話をいただいたとき、困ったんですね。

というのは、「初音ミク」は、歌とか曲という切り口からなら、CGMの流れで非常に説明がしやすいんです。ただし、「実体化」をテーマにするとなると、なかなか難しい。今はふだんから「ものづくり」に情熱を捧げている方々が、「初音ミク」を立体物で巨大にしたり逆に顕微鏡でしか見られない極小サイズにしたり、もしくは実体化とはちょっと違いますが、ソフトウェアとして「初音ミク」を使ったりして、いわばCGM文化を底上げするような試みをされている状態です。

その人たちの中には天才エンジニアのような人もおりまして、広い意味での「ものづくり」として「初音ミク」に関わってくださった方が、趣味的に考えた「初音ミクをこういうふうに表現したら面白いんじゃないか」というアイデアを手際よくまとめてくださったり、プログラム等を権利が開かれた形で公開してくださったことが大きいなと思います。ただそういった部分は、CGMの文脈で語ると、少し変なことになるのかもしれません。

「初音ミクの実体化」という点は、僕の方では説明したりするのがなかなか難しいところもあるんです。そこで今日は、「初音ミク」を、現在の立場から振り返ったときにどう見るかとか、これからどういうふうに考えていかなきゃいけないかということに触れられればと思っております。

まず、VOCALOID現象を振り返るところから、時系列順に話を追っていきましょう。「初音ミク」リリース前には、「MEIKO」と「KAITO」というソフトがありました。その頃は、VOCALOIDは「歌を歌うソフトウェア」として、プリプロダクション用として販売されていました。プリプロダクションというのは、ここでは家で曲を作る際に本番の歌のガイド用に入れておく仮歌のことですね。その時に使う「歌のソフトウェア」として、「MEIKO」と「KAITO」が発売されていたんです。でも、それが実際に人間の代わりになるとは考えていなかった。

ただ、正直「MEIKO」も「KAITO」も、主にYAMAHAさんの開発費が億単位でかかっているのに全然売れなかったんですね。このままだと厳しいと。当時は、YAMAHAの担当者さん2人、クリプトン側は僕とバイト君2人の主に4人で、VOCALOIDのプロジェクトが進んでいました。まだインターネットや他のメーカーも参入されてなくて、日本でVOCALOID関連といったら数人レベルとされていた時期のことです。このままじゃちょっとマズいから、もう少し今までとは違うアプローチをしましょうということで、キャラクターを作りこんで、声も可愛らしくしたりして、「初音ミク」をリリースすることになりました。これがヒットしまして、VOCALOIDのプロジェクトはこの後も続いていくことになります。

その楽曲とキャラクターが、ニコニコ動画の中で広がってきて、さらにそれを補強するかたちで、権利をオープンにしていく流れが生まれました。二次創作同士でコラボレーションをしやすくしたり、楽曲等をアップロードできる「ピアプロ」というサイトを弊社でオープンしたり、「pixiv」がオープンしたり、その後、「MikuMikuDance」という非常に優れたフリーの3DCGムービー製作ソフトを公開する人が出てくることになりました。そこからさらにファンが増えていく中で、SEGA等々の企業も参入してきました。

この頃はまだ、この「初音ミク」の広がりに対して、うちの会社も恐る恐る取り組んでいましたが、その後、supercellさんのアルバムが商業的に成功したり、VOCALOIDのコンピレーションCDがすごく売れたり、海外でそれがまた人気だということが見えてきます。その中で、クリエーターもファン層も、ともに低年齢化といいますか、中学生、高校生にも広がっていくようになっていきます。当初は「初音ミクとしての心情」を歌うような、キャラクターソングに近いものも多かったんですが、そこからロック系の楽曲や、いろんなタイプの楽曲が出てくることになりました。

だいたい同じころに、キャラクタービジネスにも手を出すようになりました。商業色が強まっていくんです。ニコニコ動画の中でも「歌ってみた」などが広がりを見せるうちに、その運営自体も黒字化したりと、全体的に少しずつ、アンダーグラウンドでオルタナティブだったものがメジャーになってきます。

その中で、我々のその後の活動方針を決定づける事項として、海外でのライブが成功を収め、さらに先ほど流れていたGoogle ChromeのCMが地上波で放送されて、そこでマス・アプローチといいますか、一般の方に向けて、バーチャル・シンガー、バーチャル・キャラクターとしての「初音ミク」が受けいれられてきました。直近ですと、レディ・ガガの前座をさせていただいてますね。

■ 解体される「初音ミク」

ここからちょっとずつ話を崩していきます。まずは、今僕が説明したようなことが「初音ミク現象」だったのかということですね。僕は、違うと思っています。今の話は、捉えやすく、都合のいいところ、認識しやすいところを、かいつまんでトピックスを並べただけのことだと思うんです。もし「初音ミク現象」というのであれば、大量の動画やイラストがニコニコ動画やpixivにアップロードされ、カラオケで歌う女の子たちが現れ……といううねりのようなものが、「初音ミク現象」に近いんじゃないかと思っています。例えば,若い女の子は,「いろいろ歌があって……自分の好きな曲と嫌いな曲もあって」「なんとなく緑で可愛いイラストも初心者っぽいイラストもあって……自分も参加しようと思ったら出来そう……カラオケでも歌うかな……」といった,ふんわりとしたニュアンスだけで初音ミクを捉えていると思います。何となくいろいろポップで自由が許されている感じ。むしろこのニュアンスが大勢にとっての本質だと思います。なので,大きな出来事だけを捉えていくだけでは、本質からむしろ離れていってしまうと思うんですね。

「初音ミク」は、もともとVOCALOIDであり、歌を歌うソフトであるというところから出発しています。僕も7年前の今ごろは100パーセントそのつもりでした。ただ、「歌を歌う」ということには、それ以外の要素も含まれています。つまり、歌を歌っている時の姿だとか、歌を歌っている人はどういう心境なのかとか、そもそも歌を歌わせているのは誰なのかといった、本来人間であればあるはずの歌にまつわるさまざまな要素が、「初音ミク」は空欄になっていました。その空白を想像力で埋める余地があったと思います。

でも、VOCALOIDないし「初音ミク」におけるキャラクター性がひとり歩きを続けることが歓迎すべきとばかりもいえないと思っています。「実体化」を中心とした、人工的に作られた女の子を現実化する流れの中で、「歌を歌う」ことの優先度が下がってしまう可能性があるわけです。そこで「歌を歌う」という部分を中心にして組み立てていかないと、「初音ミク」は残り続けるけれども、VOCALOIDの開発は終わってしまうというような笑えない状況が起こりえる。僕はその危険性をかなりシリアスに考えています。

「初音ミク」は、コピーができるデジタル・データとして、ソフトウェアとして生まれているわけです。声も姿も、設定も、いろいろ加工と改変ができる。「初音ミク」ではなくて、そのパロディを作ったり、「初音ミク」に似た何かに改変することも可能なわけです。こういった諸条件を考えていくと、「初音ミク」っていうのは、いわゆるデジタル・ノイズに近いものなんじゃないか、いや、むしろ「初音ミク」そのものが雑音的なものなんじゃないかなと考えているんです。

こういった話をあまり人前ですることはなかったんですが、よく「初音ミク」を作ったということで、「音楽とかされてたんですか?」って聞かれることがあるんです。今までは「してないですね、いやー若いころにちょっと」みたいなかたちで逃げてたんですけど、実は僕、10代の頃に、ノイズ・ミュージックとか、音響彫刻と呼ばれるようなマニアックな領域にどっぷりハマっていたんです。もっとも敬愛しているのは,きわめてマイナーですが,フランソワ・ベイルって作家でして,音そのものをすごく立体的かつ抽象的に作ったり語ったりした人ですね。

「初音ミク」で音楽を作る興味じゃなくて、「初音ミク」を構成する音ひとつひとつの成分、たとえば「か」っていう音があった時の「k」っていう音と「a」っていう音が別々になっていて、その「k」の高い周波数が気持ちいいとか、そういうことを考えるような、わりとヤバい領域に入っていたわけですね。当時はノイズ・ミュージシャンだとか、コンセプチュアル・アートに近いようなフランスとか日本の方々を追っかけたりしてましたから、いまだに「k」とか「s」の音をきれいに加工して、「ああ、これでもうちょっと『初音ミク』の発音がよくなるかもしれない」みたいなことをやっている自分を考えると、なんの因果かと思うところではあります。

デジタル・ノイズのところをちょっと掘り下げます。「初音ミク」って、最初せいぜい3枚ぐらいのイラストと声の印象でしかなかったわけです。それが増殖したと言われたりもしますが、実際には増殖したというより解体されてきたんじゃないかと思っています。

先ほどご説明したように、「初音ミク」の設定が空白にされているという部分とかわいい声とが相まって、基本的にはいろいろな曲ができてきたわけですね。

私としては、「初音ミク」のかわいらしい声っていうのは、ある意味たまたま初めてのVOCALOIDであったから、という印象が強いんです。たとえば最初の「初音ミク」の録音の時に、藤田咲さんという、声を提供してくださった女性の声優さんは、当然DTMに詳しいわけじゃないので,録音された音がどう組み立てられるのかわからないままでした。今でもそれぞれの声優の皆さんは詳しく知っているわけではありません。なんとなくつぎはぎされているイメージで留まっているのです。苦しまぎれの説明はもちろんしたんですけど、事務所さんにも「説明されてもVOCALOIDのイメージができません。なんか怖いです」と言われました。録音の現場では「私はどうすればいいですか?」と聞かれて、「あ、じゃあなんか、かわいらしい声でお願いします」「わかりました。じゃあ、もうそのことにだけ集中します」ということで、割りきって3時間収録した結果が「初音ミク」になったわけです。

その後,「初音ミクAppend」という「Dark」な初音ミクや「Sweet」な初音ミクも録音し製品化しました。これは,初音ミクという存在の認識において,藤田咲さんを録音したものを「初音ミク」とするのであれば,いろんな藤田咲さんを録音したものもまた「初音ミク」ということになるのか,とかいう発想ですが,細かくいうと間違っていて,藤田さんが少年の声を出したらミクではないので,ユーザーやファン側の認識なんです。私としては,いろいろな初音ミクと解釈できる要素をまたクリエーターさんが組み合わせてくれたら、面白いことになっていくのかなということで、「初音ミクAppend」ができました。その結果、いわゆる下北系とか、エレクトロニカみたいな、ちょっとマニアックな音楽を、「初音ミク」らしくない、暗かったり、ちょっと硬い声で作ってくださる方も増えています。それもまた「初音ミク」であるとファンの方々も認識してくださった中で、「初音ミク」がある面で解体されて広がったのかなと思います。

キャラクターとしては、リリースされてすぐ解体されはじめましたね。「はちゅねミク」の「ネギを振っている」というのは、いまだに解けない楽しい呪縛ですし。「亜北ネル」や「弱音ハク」のような、初期の「初音ミク」をパロディ化したキャラクターも、非常にリアリティがありました。「シテヤンヨ」みたいなメチャクチャな感じのアプローチから、初音ミクをもっとかわいくCG的にアップデートしたような「Lat式」や、「はちゅねみく」的なアプローチは「しゅしゅミク」みたいなものにも繋がっているのかなと思います。

企業側でも、ゲーム「Project DIVA」で作られた、SEGAのプロの方々によるCGの「初音ミク」や、「スーパーGT」という、音楽とは関係がないようなプロジェクトで出てくる「初音ミク」や、「ねんどろいど」そのままで着ぐるみを作ったはずだったのが、ちょっと違う雰囲気になってしまった「ミクダヨー」とかも、キャラクターの広がりが自由であるってことで、皆さんに許容されてきました。

当初「初音ミク」は公式のイラストの格好をしていることが多かったんですけれど、あれは、現実にそのへんを歩いてたら警察に声かけられるような格好ではあるので、もうちょっと普段着っぽい「初音ミク」が楽曲の中で使われることが増えてきています。

■ 「初音ミク」は進化し続ける

ノイズの話に戻しましょう。「初音ミク」がノイズ化し続けているっていうのはどういうことか。キーワード検索をしたら、端っこに「初音ミク」のYouTubeの曲が出てきたり、画像検索でなんか見たことのある緑色の髪の女の子がいたり、といったことがネットの中で起きますね。ネットユーザーが意図しないところに出てくる初音ミクの履歴……これが私が考える一種のデジタル・ノイズとしての初音ミクです。一般の方が,「初音ミク」っていう名前もわからないまま,この緑の髪の女の子,よく出てくるなあ,みたいに思うことは,「初音ミク」を知ろうとして検索して知るって感じじゃなくて,「初音ミク」と,ネットですれ違う感じです。これはイレギュラーなので,デジタル領域の落書き的な見え方もあって、はっきり分けられたデジタルの世界の中では、なかなか面白いのかもしれません。

「初音ミク」は、クリエーターによって、それぞれ違う気持ちや思い、歌詞の世界観やメッセージ性やイメージをもたせられます。このそれぞれ違うのが「初音ミク」であると思っていただけてることそのものが、いろいろな初音ミクが混線して視聴者の思い込みに落ちるので,十分にノイジーだと思うんです。逆説的にいえば、誰がどのように作っても、「初音ミク」は表現できるわけです。イラストのうまいヘタとか、そういった次元の話ではなくて、「初音ミク」っていうのは、「初音ミク」と認識された瞬間に「初音ミク」になるんですね。全然関係ないアニメのキャラクターが、ツインテールで緑っぽい髪の色にしてあるものを見ると、ファンが全部「初音ミク」のパクリに見えていた時期があったらしいですが(笑)。

「初音ミク」というのは、アニメのストーリーのような強い印象の中心軸がなく、さまざまな形で広がりをもたせて、非同期で展開ができるキャラクターです。それが個人のレベルで取り回しができているのであれば、「初音ミク」は消えないんじゃないか。当初こういった「実体化」が行われてきた背景には、「初音ミク」でまだやったことのない、「こういうことをやったら面白くて注目が集まるんじゃないか」という側面が多分にあったように思います。誰もやったことのないような「初音ミク」に対するアプローチをいち早くニコニコ動画で展開して、「これ面白いですよね?」と見せるサイクル、それは「初音ミク」の実体化につながるような、技術と「初音ミク」の応酬みたいなものだったと思います。

今は飽和感のようなものがもちろんないわけではないですし、実際ニコニコ動画の中での楽曲の投稿数も、少し落ち着きを見せています。では、今後どうなっていくのか。先ほどもちらっとお話ししましたが、VOCALOIDとかは、どういうかたちであれば継続していけるのかについて、我々も考えていかなければいけないなあと思っています。

まず、「初音ミク」をより強く実感する切り口が続いていく必要があるでしょう。そのひとつが実体化であり、もうひとつは、まあVOCALOIDですから、歌の表現力を高めることかもしれない。人間に近づく近づかないという次元の話ではなくて、より高らかに歌えるようになるとしたらどうか。アンドロイドを開発したとしても、例えば走る速さまで人間をまねる必要はなくて、もっと早いスピードで走ってもいいわけですよね。それと同じように、VOCALOIDも、人間の歌の表現ではできないようなことも織り込んでいって、それが例えば2年に1度ぐらいはアップデートされるというサイクルを続けていく展開を、これから続けていかないといけないのかなと思っています。

「初音ミク」の音楽表現が時系列的になんらかの進化や変化をしていると皆さんに認識してもらうこと。それとやっぱりユーザーの皆さんの方でも、動画を投稿したり、実体化というかたちで「初音ミク」を表現すること。「初音ミク」の音楽面に期待がなくなれば、たぶんVOCALOIDのアップデートに誰も期待しなくなるでしょう。「初音ミク」の歌声ってこんなもんだよねっていうところで終わってしまうのであれば、そこでやっぱり止まってしまうんで。そういう技術の発展を止めないために何をしていかなければならないのかと考えることそのものが、ネットで生かされている「初音ミク」の本質だと思っています。