CGMから始まるイノベーション 初音ミクが切りひらく未来 レポート(6)

ディスカッション(佐々木渉×ドミニク・チェン× 毛利宣裕×中村翼×宮下芳明)
著作権と創作の自由をめぐって

■ 著作権についての感覚の変化

宮下 さっきの3Dプリンター屋の話ですけど、結構ドキッとするような依頼もありそうですね。たとえば、ミッキーの弁当箱作ってくれ、とか。そういうケースはきっと、これからも増えてきそうですね。ドミニクさんから是非、コメントをいただきたいところです。

チェン 増えてきそうというのは本当ですね。僕は、クリプトンさんたちが証明したことって、ほかの企業も学んだ方がいいことだと思ってるんです。つまり、ディズニーにせよ任天堂にせよ、そういうことはむしろ奨励したほうがいいと思う。

ちょっとビジネスっぽいことを言うと、大きい企業ほど、コンプライアンスを守らなきゃいけないとか、キャラクターの権利処理をどうするとか、クリエイティブではないことを考えなきゃいけないので、逆にもっとストラテジックになった方がいい。ベンチャーだったら、普通に考えると、そういうことはもっと積極的に進めていこうと思うでしょう。法律に詳しい人がそういうところにすぐツッコんじゃう状況とか、逆にツッコまれるんじゃないかと萎縮しちゃう状況とかを、僕らは払拭したいと思っていて、そこが払拭できるのが本当のゴールかなと思っています。

宮下 「初音ミク」は、当初から先進的でしたよね。そういう事態も受け入れられるような戦略を採られたという印象を受けるんですけど。

佐々木 戦略というか、そういう感じではないんですけどね。「初音ミク」って、僕としては、結構おもちゃ感覚があるものというか、楽器でいえばトイピアノみたいなものだと思ってるんです。

「おもちゃの楽器」っていうカテゴリがあって、ちょっとメルヘンチックだったり、童話的な音楽を作る人たちがいるんですが、それはかっちりした音楽を、ピッチがきれいに調整されたグランドピアノで理論だてて作っていくというよりは、ちょっとピッチがずれててもいいから、音そのものを楽しむみたいなものですね。そういう文化が、たとえばフランスのトイポップや日本でも90年代の渋谷系の流れであって、僕はそういうのが結構好きだったのと、そもそもかっちりした音楽をやりたいって人は、このソフトにそんなに興味持たないかなという先入観がこちらにあったんですね。そこで緩く考えていたんですね。

宮下 ドミニクさんから何かあります?

チェン ひとつ佐々木さんにお聞きしたかったのが、先ほどスライドの中で、「初音ミク」は自由に作られるものだっていう認知が、ユーザーたちの中で醸成されたと書かれていたと思うんですが、そこに至るまでに工夫したこと、もしくはある瞬間からそういう空気が醸成されて自由な雰囲気が生まれた、みたいなことがあったらぜひお聞きしたいんですが。

佐々木 感覚ですか……。「これ、楽しいじゃん」っていうことで、引用したり盗んだり、自分の好きなものを組み合わせて作って、それをそのまま悪びれもせずにリリースしてしまうこと自体が、当時は……当時はっていうか今でもそうですが、犯罪的だったりするわけじゃないですか。そこの部分が、すごく複雑なんですよね。

最近のニコニコ動画やpixivだと、どこをパクってるかとか、どこを引用してるかっていうところを厳しく見たりって流れもありますね。そういう引用したり何かを模倣したりする側面や、アイデアとして外部にあるものを自分に取り入れる側面に対する見方って、今はたくさんあると思うんです。自分と他者を対比して「あいつはパクってるけどおれはオリジナルだ」という時のニュアンスの違い、温度感の違いをクリエーター同士でぶつけてるようなところが、今日お話ししているそのちょうど裏側で起こっていて、それは面白い、というか時代が変わってきているなと思います。

 

■ 「これができるんだったら自分はこれができる」

チェン 僕が「クリエイティブ・コモンズ」をやっている理由のひとつは、現状の社会だとダメっていう既成事実に疑問が投げかけられないのが嫌なんですよ。だったらそこをよりよく変えていこう、現行法に則った上ですこし法律をハックする、みたいなニュアンスなんですよね。ここをこうすれば、自分たちの作りたい世界が作れるだろうと。それはもちろん、たとえば30年前に撮られた映画を、みんなダウンロードしていい世界を作ろうという話ではなくて、これから作り上げていくものに関しては、自由にお互い、それを望むクリエーターがいるんであれば、お互いでつくり合う、お互いの創造物の上にのっかって、模倣し合って、やっていくほうがいいんじゃないかと、本質的には思ってるんです。

いま、なんとなく悪い話みたいな流れになっちゃっていますけど、クリエイションって本質的にはやっぱり模倣から始まると思うんですよ。そこからオリジナリティってものも生まれると思いますし。

ひとつのコミュニティだけじゃなくて、みなさんや僕たちが一緒に住んでる日本の文化が、どうやったら面白くなるのかっていう視点をベースに、じゃあ法律はこうした方がいいよねとか、経済システムはこうした方がいいよねっていう議論ができるといいと思うし、そういうふうにひとりひとりの意識が変わっていかないと、やっぱりよくないなと思っています。

そういう意味では、fabというか、3Dプリンターに僕はすごく興味があります。デジタルって、模倣しやすいしコピーしやすいし、操作もしやすいと思うんですけど、実際にできあがったものは、逆にもう勝手にパクっちゃいけないという意識が働きやすい。ユーザー同士のリミックスみたいなことが、どうやったら起こっていくんだろう、っていうのが僕のテーマで、それが起こった方が文化としての裾野が広がるのが早いだろうと僕は思うんです。

中村 うちの店で作ってもらったものって、本人の許可を得られたものは、お店にサンプルとして置かせてもらうこともあるんです。それは、それを見た人が「これができるんだったら自分はこれができる」と自由に発想してもらうためなんです。「初音ミク」に近いと言っていいのかわからないですけど、できあがったものを見て別なものを作るっていう相乗効果みたいなものですよね。それが今後どうなっていくかに、僕はすごく興味があります。さらに、それを作った3Dデータは、現在僕らが管理していますが、それも実は、作った人がよければ、公開してもいいんじゃないか。まだどこに問題が出てくるかわからないですけど、そういうふうにしていった方が新しいことが出てくると思っています。

あの3Dプリンター屋さんも、今後どういうふうに進んでいくのか、僕らもわかってないんです。来てくださったお客様が何を作りたいかっていうことによって、どういう方向にいくかが決まってくるというか。こちらで決めてしまうとそこでゴールが決まってしまうので、というようなお店ですね。

毛利 これは「チェーンケース」といって、3Dプリンターじゃないと作れないものです。これも一番最初のアイデアは、いわば借用です。アメリカで造形サービスをやっているところが、iPhoneケースにチェーン状のものをつけて出しているんですね。それは本来パウダー造形という業務用の機械じゃないと作れない。でも、パーソナルでも作れるんじゃないの、と思いついて、僕はあまりモデリングが得意じゃないので、そのへんに転がってるチェーンと、iPhoneのデータをダウンロードして、それを自分で切り貼りして作ったんです。パーソナルでもこれはできますよ、ってのを証明したくて。なんかこの、0から1を作るのはちょっと難しくても、あるもの同士を足してものを作るのは、わりとできるのかなあ、と。

 

■ ユーザー・コミュニケーションの場

宮下 じゃあ、ここで少しフロアから質問をいただきましょう。

質問者 今日は面白いお話を聞けて、すごく興奮してます。登壇者の方全員に対する質問になってしまうのですが、先ほどお話しされていた中で、東京メイカーさんのお店でお客さんが作ったサンプルを見て、別のお客さんがそれに触発されたようなケースがあった、というお話がありました。たとえば、「初音ミク」が最初、クリエーター側と、それを聞いている側の関係だけだったとしたら、たぶんこういう状況にはなっていないと思うんですね。ユーザー同士が作品を通じて交流をして、ユーザーとクリエーターの境目があいまいになっていたからこそ、ミクっていう、或いはVOCALOIDというムーブメントがここまでの規模になったと思います。現在3Dプリンターの界隈において、ものを作っているユーザー同士がコミュニケートできるような場所とか機会を作っている人がいるのか、ということをお聞きしたいと思います。

毛利 そういったユーザーさん同士が集まるところはいっぱいあります。ただそれは、いっぱいありすぎて、細かくて、すごくわかりにくいんですね。たとえば3Dプリンターを発売しているところがそこのユーザー向けに作ったりとか、Facebookで個人が作ったりだとか、本当にバラバラなんですね。なので、最初にユーザー側がどこを探すか、どこに行くかによって、やれることが全然変わってくるんです。そこがまとめきれてないというか、そこがちょっと今難しい問題で、僕もどうしたらいいのかなって悩んでいるところですね。

中村 僕らがお店を作った理由としては、ひとつ、そういったコミュニケーションの場所を、実質的に作ろうという気持ちがありましたね。ウェブだけでは限界があるし、実際に会わないとできないコミュニケーションみたいなものが確実に必要なので。そうじゃないと進化していかないというか、自分がやろうとしていることも見えてこない気がするんですね。そういう意味では、あのお店は、実際に自分が探そうと思って見つけられない人に出会えるというか、偶然性が高いお店なんです。

中野ブロードウェイって、上の階だと、なんというか、オタク寄りの人になってしまうんですけど、僕らのお店は地下にあるので、一般の主婦の方だったり、女子高生の方だったりとか、かたやそういうマニアの方も来る。本当に多種多様な方が来られて、そこで偶然会った者どうしで話し合うってことが今徐々にできてる、と肌で感じますね。

チェン ウォッチャーの立場から言うと、本当にいろいろなコミュニティがありますよね。ちゃんとしたお店もあれば、ただみんなのものを集めているだけのところとか。

状況としては、3Dプリンター系に限らず、画像だと今ならpixivとかニコニコ静画がありますね、そういう集約的なプラットフォームやサービスが、今は乱立状態になっていますけど、今後どこか大きなところに集約していくということが考えられますし、自分としてはちょっとそこにビジネスチャンスを感じたりもしています。

ただ、いま中村さんがおっしゃったように、それは「もの」なので、物理的にそれを見て、エモーションを喚起されて、周りにクチコミで広がっていくっていう点だけは特殊ですよね。ウェブだけ、というのとは全然違うやり方をしなきゃいけないっていうのは、本当にそのとおりだと思います。

佐々木 僕も答えていい話なのかどうかちょっと微妙ですけど、少し変な話をさせていただきますね。

7年間、ニコニコ動画の「初音ミク」にまつわるムーブメントを見ていても、みんなで集まって何をしよう、という目標があるとしたら、それは進化というか、全員で自分たちのスキルを上げていって、それでよりよいもの、より新しいものを作っていこうっていう考え方になりますよね。VOCALOIDに隣接している「歌ってみた」みたいなカルチャーの中だと、そういうものがひしめき合う中で、ある表現に異様な人気が集中した時に、それに対するやっかみや、いろいろな反作用が起こってくる。さっきの話と似てきますが、「こいつなんか違法なソフト、コピーしてんじゃん」みたいな、音楽のクリエイティブと全然関係ないところで、一般常識的な意味で引きずり降ろされるみたいなことも、よくあると聞いています。

インターネットでのデジタルな新しい試みは結構飽和している感じもあって、より新しいことをするためには、いろいろな意識の変化や場合によってハードウェアの設備が必要だと思いますが、それでもネットのクリエイターは皆がバラバラに動くので、飽和してどこかで頭打ちになるのでしょう。だから皆で成し遂げた成功体験に対する意識そのものを見直す必要が出てくることもあります。たとえば大きな成功を収めている任天堂さんが、ファンの愛情の熱量の価値を算出し、ファンアートの価値と権利を認めて、マリオのコピーや派生展開について寛大になろうとすると、社内の規程や意識、いろいろなバランスを変えないといけなくなって、すごくコストがかかるし関係者も多くなる。そういうシステムが変化する時のコストの問題と、新しい創作システムや権利体系やハードウェアを開拓していくニーズがどう関係しているのか、みたいなことに関心がありますね。文化は誰が作ったのか、引き継いで作っていくのか、これは、なかなか深刻だと思いますね。

宮下 ありがとうございます。僕もちょっとだけしゃべると、現在COI-Tに関わってるメンバーを中心として、gitFAB(http://gitfab.org/)というウェブサイトとか、fabnavi(http://fabnavi.org/)っていうシステムなどを統合した共創プラットフォームをデザインするプロジェクトを進めています。今はさっきのお話のとおり、そういったものが乱立している戦国時代なんですけど、その中で本当に必要な枠組みを、そのプロジェクトの中でも提供したいと考えています。