CGMから始まるイノベーション 初音ミクが切りひらく未来 レポート(1)

宮下芳明(明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科)

イントロダクション:「受動的消費者」から「創造的生活者」へ

 

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■ 表現は万人の権利である

みなさん、こんにちは。トークイベント「CGMから始まるイノベーション 初音ミクが切りひらく未来」へようこそ。わたくし、司会を務めさせていただきます、明治大学の宮下と申します。どうぞよろしくお願いします。

まず僕の方から、宮下研究室の紹介をさせていただきます。宮下研では、「表現の民主化」をテーマに、2007年から研究活動に取り組んでいます。そのキーワードのひとつが「CGM」、つまりConsumer Generated Media、消費者がコンテンツを作っていくメディアのことですね。僕らはこうしたメディアのあり方と、それを支える情報テクノロジーやメディア・テクノロジーの研究を進めていこうとしています。

僕はいつも授業で「人間は表現せずにはいられない動物だ」と言っています。たとえば、画用紙とクレヨンを子供に与えたら、子どもは必ず夢中で絵を描きます。別に画家になって大儲けしてやろうというのではなく、単に表現欲求として夢中で絵を描くわけです。今も世界中の人々が歌を歌っているように、自己表現のための言語や言葉がどんな文化圏にも存在しています。

そういう意味では、「表現は万人の権利である」、はずなんですが、実態はそうなっていませんね。やはりひと握りの表現する人、アーティストがいて、そのコンテンツを享受する人が大多数です。その人たちは表現を享受するかわりにお金を払う。こういうヒエラルキーや分断みたいなものがあって、「表現は万人の権利である」という考え方からすれば、これは非常におかしいことになります。

ただ幸いなことに、世界はとてもいい方向にアップデートされつつある、とも感じます。たとえば、DTPという技術があります。文章を書く、本を書いて出版社から出版するということは、昔は限られた物書きや出版社や印刷工場の設備を持っている人しかできなかったけれど、今はコンピュータで自由にできるようになりました。そもそも紙というメディアを介さずに、インターネットを通じて自分の考えを伝えることすらできるようになりました。

映像もそうですね。かつてはテレビ局みたいな大きなところでしか、映像を人に伝えたり編集したりすることはできませんでした。今はデスクトップビデオ(DTV)のテクノロジーで誰もが作れるようになったし、スマートフォンだけでも、けっこういい感じで映像を編集したり、すぐに生中継をしたりといったことができるようになっています。

音楽も同じです。昔は、すごいラックマウントの機材がたくさんある音響スタジオとか、音楽制作会社に所属するプロのアーティストでないと、音楽を作ったり、配信したりすることはなかなかできませんでした。それがデスクトップミュージック(DTM)のテクノロジーによって、どんどん一般の人にも手が届くようになりつつある、という背景があるわけです。

こういった現状の下、宮下研はいろんな研究を積み重ねてきました。たとえば、文章表現のコンテンツ、あるいは音楽表現や映像表現のコンテンツ作成メディアを作ってきました。映像に関していうと、たとえばスマホをテーブルに並べて、テーブル全体を一つのタイムラインとみなして、スマホにまたがるジェスチャーで映像を繋げて、すぐに再生してみたりとか、スマホの順番を入れ替えてももう一回やれば、また左から並べた順に映像を繋いで再生する、みたいなことができるようにしました。こういう直観的に自分たちが思っているコンテンツ表現ができるようなテクノロジーを今までずっと作ってきたわけです。

これは「サンプリング書道」というもので、気に入った書の気に入った線をパクって、また新しい線として使うことができるようにしたソフトです。デジタルのいいところは後から変えられるところで、かすれ始めのポイントを後で調整したり、さらに濃度を変えたりすることができます。これはウナギの魚拓で遊んでみた例ですが、ウナギの魚拓をサンプリングして、「うなぎ」の「う」というウナギ屋のロゴマークを作ってみました。他にも炎をサンプリングして、書と組み合わせることでもう少し荒々しい表現を実現したり、といった作品を作ってきました。

このサンプリング書道では、いわゆる「パクリ」や「コピペ」とされるのではないかと皆さんが遠慮がちに思われるところを、逆に克服する「参照元閲覧機能」をつけています。これは、どんな書のどんな線をパクったかを、むしろ積極的に見られるようにする機能で、たとえばある漢字を作った時に、この線はなんという、どういう書のどの部分からとったのかをあえて見えるようにする工夫をしているわけです。他にはたとえば、花火の線を使ったのかと、あえて気づかせるとか、この「美」という漢字は「金」という漢字から作ったのか、というように、シュールなアートとして積極的に見せるということを実現できています。

■ ものづくりを民主化する

このように宮下研では、「表現の民主化」をキーワードに、いろんな情報コンテンツの制作技術を推進してきました。

ところが、ここに来て、3Dプリンターをはじめとした「情報を物質に変える機械」が生まれてきました。これによって、僕も正直考え方がいろいろ変わりました。「情報世界でこれまで起こってきたいろんなことが、もう1回物質世界で起きるんじゃないか」という予感がして、ゾワゾワしたわけです。つまり、僕らの研究室が「デジタルコンテンツ」において推進してきたことが、もしかしたら「フィジカルコンテンツ」に応用できるんじゃないか、という新しい展開の予感ですね。こうした意識の変革を背景に、僕はこれまで情報科学科、あるいは大学院ではデジタルコンテンツ系という組織に所属していたのが、このたび「先端メディアサイエンス学科」という新しい学科をつくって、新しい教育を始めることにしました。

「表現の民主化」というコンセプトを物質世界に当てはめるとすると、「ものづくりの民主化」ということになるでしょう。結構なんでも同じアナロジーで説明できるものです。工場には工作機械がありますが、今までは企業とか大きな組織しか持っていなかったそういうものを、これからは一般の人ももつことができるようになり、自分が欲しいものをぱっと作って使えるような時代が来るということです。これが「パーソナル・ファブリケーション」といわれている潮流です。

僕はこの「パーソナル」という言葉を見た時に、さらにドキッと来たわけです。情報科学においては、「パーソナル」という言葉は一度見たことがありました。「パーソナル・コンピュータ」の「パーソナル」です。

1960年代にアラン・ケイが「パーソナル・コンピュータ」という概念を提唱しました。「個人の活動を支援するためのコンピュータがあるべきだ」と考えたわけですね。当時は「コンピュータ」といったら、部屋いっぱいの大きさの「メイン・フレーム」と呼ばれるものでしたから、そんなものを個人のために使うと言っても、たぶんみんな「はぁ?」みたいな感じだったでしょう。あるいは、そのコンセプトにときめいてる人たちは、極めてマニアっぽいごく一部の人たちに限られていたでしょう。そんな時期にパーソナルな形での情報デバイスが必要だとぶち上げたケイは、1972年ごろには「ダイナブック構想」を展開します。これがまた今見ると、「iPad」にしか見えないわけですね。

当時はこういう情報デバイスの必要性を理解する人は少なかったかもしれませんが、結局それはオタッキーなものでも、マニアックなものでもありませんでした。今では僕たちの日常生活に深く浸透して、当たり前のものになってしまいました。こんな経緯が、情報科学の分野であったわけです。だから、物質世界でも同じような展開をたどるのではないかという予感がして、ついゾワゾワするわけです。

 

今、明治大学が中核拠点となって、関西学院大学、慶應義塾大学、山形大学と協力して、「COI-T 感性に基づく個別化循環型社会創造拠点」という国家プロジェクトを進めています。「COI」というのは「Center Of Innovation」の略です。この言葉、結構カッコいいので僕もよく使うんですが、本当にイノベーションを起こすという気合いで頑張っています。ちなみに「T」は「トライアル」ですね。

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このCOI-Tのプロジェクトが目標に掲げている言葉が、「創造的生活者」です。今まで僕たちは受動的な消費者だったと言えるでしょう。すなわち、万人向けに大量生産された製品、マス・プロダクトというものがあって、それが自分の一番欲しいものでなかったとしても、ちょっと我慢したり、ある程度妥協したりして、それを受け入れて買ってきた。でも、これからは、本当に自分が満足できる製品を、自分の力で作れるようになる、そういう社会を実現すればいいじゃないか、と考えています。

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たとえば、料理の「クックパッド」とか、映像・音楽の「ニコニコ動画」のように、人が他人と交流しつつ、クリエイティブにいろいろなものを作ったり共有していくような共創プラットフォームを作れば、インターネット革命で起こったことが、本当にものづくり革命に結びつくんじゃないか、と考えています。

宮下研では、最近3Dモデリングの研究を始めました。一般のCADツールって難しくて、なかなか使いこなせないものなんです。受動的消費者にとっても同様ですが、でもカタログからなんとなくいいなって思うものを選んだり、「ここが好き」みたいな部分を指さすくらいならできるわけですよね。これをうまく利用して、より創造的にしようというツールを作っています。

たとえば皿があった時に、「この皿のこの部分が好き!」、「この皿は……この部分が好き」っていうように、少しなぞった上でカタログの次のページをめくると、その気に入った要素を、いわば遺伝子のように掛け合わせて作った、次のカタログが生まれてくる。これを繰り返していくことで、CADのモデリングソフトがなくても、最終的には自分が欲しいものを手に入れられる、という試みをやっています。

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■ 「女神」初音ミク、降臨!

ここまで背景知識と自己紹介をお話ししてきましたが、ここで少し時代を遡ってみましょう。

2007年、宮下研究室が立ち上がった年です。この時に「女神」が降りてきました。だんだんみなさんお待ちかねの話に近づいてきました(笑)。情報科学科で「表現の民主化」というちょっと変なキーワードを掲げて研究室を立ち上げたのが2007年5月。コンテンツ制作ソフトウェアを目指す研究者として、なにか実感が持てるようなものが欲しかったわけです。そして、そのタイミングで、8月に「初音ミク」が発売になりました。「これだ!」、本当にそう思いましたね。

つまり、さっきの「音楽表現の民主化」の枠組みの中で、ぴったり捉えられるわけです。初音ミクの発売前までは、「女性ボーカルをプロデュースする」なんてことは、一部の人たちしかできなかったのに、これからはそれが一般大衆にも簡単にできるようになる。これはアツい! すぐに佐々木渉さんにご連絡して、「ディジタルコンテンツの未来」というシンポジウムを開き、大いに盛り上がりました。この時はデジタルコンテンツの未来を、まざまざと見せるところまではできなかったかもしれませんが、「かいま見る」ことには成功したと思っています。この時にはメディア・アーティストの岩井俊雄さんが「TENORI-ON」のデモンストレーションを行ったり、平野友康さん、ゲームデザイナーの水口哲也さんや、書道家の武田双雲さんも、ディスカッションをやってくださいました。

では、その後どうなったのか? というのが、このシンポジウムです。それは、ここにいる方々ならみなさんご存じだと思いますが、このCMを再生することでご紹介に代えさせていただきましょう。

 

 

本音をいうと、このCMは相当美化されていると思います。そもそも「YouTubeだっけ?」とか、いろいろ思うこともあるんですが、それでも少なくとも何かは起こった。そして、それを共有できた時間が2007年から今までの間にあったことは間違いありません。

「初音ミク」を中心とするムーブメントは、少し新しい潮流を見せはじめています。それは「初音ミクの実体化」とも呼べる動きです。はじめて「初音ミク」がこの世に生まれた時には、歌声とパッケージ、イラストしかありませんでした。でも、そのキャラクターをなんとか実体化したいという気持ちを持っていたユーザーがたくさんいたわけです。そういう夢が、音楽やアニメーションという世界だけじゃなくて、ロボットとか、フィギュアとか、バーチャル・リアリティとか、そういう動きにまで広がって、「実体化」しつつあります。

明治大学の米沢嘉博記念図書館は、そこに着目して、「次元の壁を越えて 初音ミク実体化への情熱展」(2014年1月31日~6月1日)という展示を開催しています。今日のシンポジウムのパネル・ディスカッションでは、この「実体化」を大きなキーワードのひとつにしたいと思っていますが、こういうものを目の当たりにすると、やっぱり日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと感じます。初音ミクの実体化の向こうに、日本のものづくりの未来や産業の未来が見えてくる気がするわけです。

■ CGMムーブメントを振り返る

しかし、そもそも初音ミクを中心としたCGMのムーブメントというものが、本当にちゃんとあったのかとか、ちゃんと成功した事例なのかとか、まずそういうことから捉え直した方がいいかもしれません。本当は見えていないところがたくさんあるはずです。そして、成功したところもあれば、やってみたけど効果がなかったところもあるかもしれない。

見えているところ、見えていないところという観点でいうと、インターネットにせよ、パーソナル・コンピュータにせよ、初音ミクにせよ、そのテクノロジーの部分にだけ着目していては、おそらく全体が見えないでしょう。インターネットも社会運動だったし、パーソナル・コンピュータも社会運動としての側面があったからこそ、時代を動かせたのだと思います。初音ミクもまさにしかり。ですから、このムーブメントをここで多面的に見ておきましょう。

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そこで今日は、初音ミクの生みの親である佐々木渉さんにお越しいただいて、実情を伺おうと思います。ぶっちゃけトークや暴露話、実は失敗したって話も、ぜひ聞かせてください。なにか仕掛けをやったのであれば、それもぜひ。ふだんは禁じ手のそういうお願いを、今日は佐々木さんにしたいと思っています。

次に、ドミニク・チェンさん。ドミニクさんは、ネット時代の創作文化について、非常に深く、広く、いろんなことをご存じなので、やっぱりドミニクさんにも美しい話とか哲学的なことだけではなく、実態について伺いたい。制度的な側面でそれを支えるということがあるのだとしたら、それはやっぱり大事なものなのか、もしかして大事じゃないんじゃないか、くらいの話を聞きたいと思っています。

東京メイカーの毛利宣裕さんと中村翼さんにもお越しいただきました。2014年の2月に中野ブロードウェイに「あッ3Dプリンター屋だッ!!」という店が、オープンしました。日本初の試みなんじゃないかなと思いますが、3Dプリンターを売っているんじゃなくて、「こういうものを作りますよ」っていう、欲しいものがあったら、それを作ってくれるお店です。まさに人々の生活空間の中にその店を作り、運営していらっしゃるわけですね。そこにいったいどんなニーズが集まってきたのかを、やはりお伺いしたい。そこにおそらく、創造的生活者が求める本当のニーズが見えてくるでしょう。

長くなりましたが、今回のパネラーの方々をお呼びした経緯は以上です。

 


(2) 「次元の壁をこえて 初音ミク実体化への情熱展」 山田俊幸(明治大学 米沢嘉博記念図書館)

(3) ノイズとしての「初音ミク」 佐々木渉(クリプトン・フューチャー・メディア株式会社)

(4) 表現者が自由に面白いことができるように ドミニク・チェン(NPO法人コモンスフィア理事)

(5) パーソナル3Dプリンター革命 毛利宣裕(東京メイカー)・中村翼(株式会社東京メイカー)

(6) 著作権と創作の自由をめぐって ディスカッション(佐々木渉×ドミニク・チェン× 毛利宣裕×中村翼×宮下芳明)